2017年5月24日水曜日

学校での生徒の自治について。

今日の夜はJ-CEF(日本シティズンシップ教育フォーラム)の定例議題持ち寄り勉強会。

桜美林大の田中さんの問題提起を元に、中高や大学における生徒の自治についてアレヤコレヤ。

本当に生徒を代表してるか?
生徒会の意義や学内における立ち位置をそもそも生徒も先生側も知ってるのか?
なぜ、大学は運営側に対して生徒が意見を言う機会がないのか?
生徒会の顧問の立ち位置や役割は?
成功事例を聞くことがないからそもそも何かを変えれると思ってない?
生徒会の活動が実社会と接続するの?

などにもなどワイワイとあれやこれや多様な立場の話が聞けて勉強になった。



おれ自身でいうと、高校の頃生徒会には入る気は全くなかったし、というか生徒会好きじゃなかった笑。
けど、体育祭実行委員長をやってた時にとある案件で学校側の勝手な決定に怒って、全校生徒にその件に関してアンケート取って、圧倒的な民意⁉︎をもとに撤回してもらうことに成功したこととか。
高3の時に、生徒主体のクラス対抗スポーツ大会で生徒のある準備を直前になって担任団以外の先生からの謎の意見により禁止された。それを撤回したく翌日に一人で校長室に乗り込んで(代表越訴型一揆って言われたw)色々と話して、折衷案を導き出したり。
という活動はやってたな~w
うごけば変わる可能性はある。動かなければ何も変わらない。っていうのをなんとなく体験してたってことかなと。

2017年5月19日金曜日

経産省の若手の提言のすごさと焦り。”シルバーデモクラシー”ならぬ”現世代デ モクラシー”でいいのか。

昨日ぐらいから俺のFacebookのタイムラインで話題になっている計65ページのパワポ資料




説明によると経産省の20代・30代の若手職員の有志が昨年より議論検討を進めてきたものをまとめた資料だそうだ。
細部に関してはぜひ資料を見ていただければと思うが、少子高齢化・社会と個人の価値観の変化・技術の進歩・地方と国の関係などの社会状況を的確に捉え多面的に現状を分析。






そして、日本が今後取るべきスタンスについて大胆に提言している。



個別政策についての細かいものについての具体例が上がっているわけではないが、この資料を見て何らかの刺激を受ける人が大いにいるのではないだろうか。

政治の現世代デモクラシーへの違和感

なぜ、官僚ではなく政治家がこのようなことを言えないものか。
なぜ、政治家がそのようことを言ってみようと思えるような社会にないものか。
「そのようなこと」というのは、「若者関連政策に予算をつける・増やす」ということではない。
「政策と予算の抜本的な改革」ということだ。
昨年の参院選において、多くの政党が教育や子育てなどに関しての政策を大きく掲げた。
そのことに関しては嬉しいとは思いつつも、結局総予算額が増えるだけ。
現状の仕組みの抜本改革や高齢世代向けの予算の効率化・削減などを行わずに、増収(新たな税収・保険料収入か国債の発行)のみを原資とした政策に喜ぶだけでよいのだろうか!?
高齢世代の声が大きくなり、政策が偏る”シルバーデモクラシー”という単語がある。
今の日本において大きな問題だと言われている。
でも、若者政策が増えて、まだ生まれていない世代につけを回すだけの”現世代デモクラシー”になるだけでいいのか。
さらにいえば、”現世代の声の大きい人デモクラシー”でいいのか。

若者と政治をつなぐ活動をはじめてかれこれ10年近い。
少子高齢化に伴う世代間格差に危機感を覚え、若者世代の声がもっと政治の議論の場に載る必要を感じて始めた活動。
そして政治と若者が、互いに食わず嫌い状況になっていること。つまりは接点を持っていないのに、互いを敬遠してしまっていることにもったいなさを感じて始めた活動。

2013年にインターネット選挙運動が(やっと)解禁され、18歳選挙権に伴い主権者教育が(玉石混交だが少しずつ)始まってきた。
若者と政治の関係が変化していないとは思わない。
しかし、待ったなしの少子高齢化による困難さへの対応に関しての政治側からの、根本策の提示はまだなのかなと思う。

個人や企業や地域社会の自主性や強みが活きることを前提に、
どのように次世代に向けて持続可能な社会を作っていくのか引き続き考えていきたいと思う。
そして自分の立場としては、一人でも多くの人が考えるようなきっかけを作っていきたい。

※改めて経産省の方々の資料はこちらから


2017年5月11日木曜日

31歳になりました。若者と政治をつなぐ探検家として引き続き動いていきます。


【31歳になりました】昨日5月10日で31歳へ。30歳になったときほどの感慨はないけど、年を重ねるって楽しいね!

夜フリーだったから仲良いメンツと近所のネパール料理屋へ。
引き続き、21世紀の新たな民主主義プロセスの構築目指して頑張ります。
そして、「開拓者よりも探検家」精神を忘れずに。

31歳のキーワードは
・法人運営
・若者の参画する街岡山
・子育て世代と政治
・学びから参画へ
・サッカー
・GSC
・グリーンバード
・中野
・ほどほどのお酒

といったあたりなのかね。

毎度のごとくのウィッシュリスト上げさせてもらいます。
よろしければぽちっとプレゼントいただければ幸いです。

ハラケン31歳!引き続き若者と​政治をつなぐ探検家として http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/1XVHBS3LYJSPA/ref=cm_sw_r_tw_ws_x_KR8ezbMJ316H5


2017年5月6日土曜日

もっと学校に政治家がくればいいのに。私立高校で複数の政治家を招いた授業を行いました

都内の私立高校での授業のお手伝いを少しさせていただきました。

選択制の授業の中で、1年間をかけて都心部と多摩地域の違いなどについて生徒が考えていく授業。
その流れの中で、両地域の政治家を授業に招き、問題意識や街の捉え方について直接聞いてみたいとのこと。

23区内の区議会議員さんと、多摩地域の市議会議員さんをお招きしました。








冒頭に10分ずつぐらい、両議員さんから街の状況や課題などについて話していただき、その後は自分がファシリテートに入りつつ生徒との意見交換
新宿議会議員
あきる野市議会議員




予算規模や収入項目の割合のちがい
意外と都心部でも超高齢化の地域もある事
交通の便での都心部の利点
自然や家賃の面などでの多摩地域の良さ
1つの自治体だけでなく近隣自治体とともに広域で事業を行っていること
AIやオープンデータの可能性
行政への「お願い」だけにならない市民
などなど
色んな論点、議論が出て自分も勉強になりました。

もっと政治家が学校に入りやすくなればいいのにと思います。
・「政治」って堅い難しそうなものを「政治家」っていう人を入口に考えること
・政治家が学生の視点や意見などをしること
などの利点があると思っています。

とはいえ、
・政治的中立の面
・政治家へのコネクションがない学校の先生
・政治家の話を一方通行で聞くだけでは実りが薄いこと
などなどの難しさがあるのも現状。

自治体によっては、教育委員会や議会事務局が主導で積極的に政治家が学校に出向く取組を行っているところもあります。

YouthCreateでも政治家と学校現場・生徒をつなぐ授業を今後も多く作っていければと思っています。

開拓者より探検家として、引き続き若者と政治をつないでいきます。

2017年5月1日月曜日

もし議会がなくなり、直接民主主義となるときに考えておきたい3つの視点

<高知・大川>村議会を廃止、「町村総会」設置検討を開始(毎日新聞) - Yahoo!ニュース 

5月の初日の朝にこんなニュースを発見。

高知県大川村(約400人)が、地方自治法に基づき村議会を廃止し、約350人の有権者が直接、予算などの議案を審議する「町村総会」を設置する検討を始めた。四国山地にある村を訪ねると、過疎化と高齢化で議員の担い手が足りなくなる現実が浮かんだ。
との状況のようだ。



直接民主主義がこの村に限らず現実的になっていく。
現実になったときに一人一人の住民がどのようなかかわり方やアクションを起こすのか気になる。
なんとなく争点になりそうなことを3つほど考えてみる。

1:テクノロジーの進化と対面での対話のバランスのとり方
→意見の可視化などに遠隔でも使用できるテクノロジーをどんどん使うべきだが、人が集まることで起こる可能性を消さないようにしたい。
「移動が困難だから」といった理由で参画できないような可能性は減らしていくべきだが、直接民主主義にしたのであれば「採決」だけでなく「対話・議論」の過程をしっかりと重視していく必要がある。

2:主観と客観の両立の難しさ
→全村民それぞれの思いをもとに自治を進めることが必要なので、各々の想いや感情が活きるような枠組みを目指すべき。ただ同時に、現状や将来予測などに関しての客観的なデータをしっかりと考慮し、判断の前提となる情報の充実があるべきである。

3:専門知をどう組み込むか
→議員を廃止するのであればその分の税金で、外部の専門知を活かす方法を考えてみてはどうだろうか。各分野の有識者や実践家に村外から関わってもらいながら、村民の判断の幅を広げる役割となってもらうことができるのではないかと思う。その人たちの意見にただ流されるだけでは良くないが。

ざっと感じたことなので、もっと多くの論点が出てくるだろうけど、そんなことをなんとなく思いました。


2017年4月28日金曜日

補完関係となるべきキャリア教育と主権者教育



友人がFacebookの投稿にも書いてたんだけど、
キャリア教育と主権者教育(シティズンシップ教育)って相互補完をしていくべき教育だよな。


文部科学省の定義によれば、キャリア教育は

一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育(平成23年中央教育審議会)

とされている。
”自立”であって、特定の職業への”従属”ではないというようなことも書かれている。

対して主権者教育に関してはこのように書かれている。

<主権者として必要な資質・能力>
社会の基本原理となる法やきまりについての理解を前提に、政治的主体、経済的主体等やその複合的な主体に必要な知識を習得させるのみならず、事実を基に多面的・多角的に考察し、公正に判断する力や、課題の解決に向けて、協働的に追究し根拠をもって主張するなどして合意を形成する力、よりよい社会の実現を視野に国家・社会の形成に主体的に参画しようとする力(平成28年中央教育審議会答申)
肝としては、
「 協働的に」「よりよい社会の実現を視野に国家・社会の形成に主体的に参画しようとする力」のあたりなのかな。

わかりすく、そして細かいニュアンスを省いて自分なりの言葉に変えると、
「自分の人生を豊かにしていくためのキャリア教育。社会の将来を豊かにしていくための主権者教育」なのかなと思っている。

となればこのふたつがうまく関連を持ったものとして教育の現場でもつながっていけばいいのではと思っている。
キャリア教育に関しては専門ではないのですが、すくなくとも主権者教育に色々と関わっているものとしてキャリア教育との連動の感覚はないので。

1年半で全国10000人以上の中高生に主権者教育をやってきた。
授業の最後に、
「あなたが主役 そしてあなたの隣の人も主役」と伝えることも多い。
自分のやりたいこと、思っているかんがえ、進みたい道に向かっていくことは大事だと思う。(楽な事というわけではなく)
同時に、自分以外も暮らしている社会、そして社会の他の構成員にまで目を広げて、一緒に作っていくという視点も欲しいと思う。

そのためには「教育」で力を身に着けていくことも必要なのだが、社会や政治自体が若者にとって参画をしやすくしたくなるようなものに変わっていく必要も大いにある。

引き続き頑張ります。

2017年4月21日金曜日

神奈川県市選挙管理委員会連合会研修にて登壇してきました

2017年4月21日神奈川県市選挙管理委員会連合会研修にての講演おわり。


あまり知られていないかもしれないが、選挙管理委員会も教育委員会と同様に、少し独立した存在としてある。
選挙管理委員会事務局という行政職員が実務を担いつつ、選挙管理委員会という外部のものによる委員会もある。

首長のトップダウン的に啓発や投票環境の改善が行われることもあるが、
選挙管理委員会・選挙管理委員会事務局の強い思いによって、様々な施策が進められることもある。
YouthCreateも多くの自治体と関わっているが、この両方がある。

理想としては現場の事務局の方々が気持ちよく試行錯誤やトライをできる後押しに選挙管理委員が行うことかなと。

色々と話をしたのですが、ちょっとだけスライドを共有しておきます。







選挙管理委員の方には元議員の方も多く、伝え方をいつもと少し変えて話をしてみました。
また、自分も有識者の一員として関わった、総務省による主権者教育の推進に関する有識者会議まとめの内容も少し紹介しながら。

元議員の充て職になってるじゃないか的なことへの疑問もありますが、とりあえず一つずつ目の前のことをこなす。政治選挙の経験者だからわかることもあるはずなので、彼らが常時啓発や若者の参画の必要性を感じてもらえるようになれば。

開拓者より探険家として頑張ります!
ハラケン

2017年4月13日木曜日

投票率低下の責任を市民に丸投げしたらだめだと思う。静岡県知事の発言から思うこと。

投票率50%割れなら即辞職 静岡知事選で現職・川勝平太氏「自分が出馬なら」(産経新聞) - Yahoo!ニュース 

こんな記事を発見。
低投票率への危機感を表した踏み込んだ発言としてここから議論が巻き起こることを期待したいかな。

ただ、”仮に再選挙になって税金が投入される事態になっても、それは投票に行かない有権者へのペナルティーだとする見方”との部分は納得できない。

投票の判断基準となる情報は候補者次第で、投票場所や時間など物理的な投票環境などは行政の責任によるところ。

ご自身が出馬されるかどうかを早く表明し政策を掲げ、選挙の構図を確定させてほしい。また、ご自身がこれまでの任期中に行ってきた投票率向上策についてもまとめていただきたい。
過去にも投票率の低さを問題視する発言はされているし、実施もしているし。
投票率の低下の責任を市民だけに負わせるのはなんか違うよね~

ちなみに、県ではなく自治体の話だが、
期日前投票の時間の拡充をずっと国に要望してて、実現させて、さっそく昨年の参院選で実践した大阪府箕面市の事例がある。

また、知事ではなく議会の活動だが、
県議会議員が学校へ出前授業に行く大分県の取り組みある。



2017年3月14日火曜日

地元の街によって一人暮らし学生は投票できず、ほとんど地元にいない国会議員は投票できる制度を見直す必要

<16年参院選>不在者投票、学生1773人できず
との調査を毎日新聞が公開している。
記事の冒頭にはこのように書いている
選挙権年齢が18歳以上に引き下げられた昨夏の参院選で、進学先に転居後も住民票を移さずにいた72市町村の学生と生徒計1773人が不在者投票を認められなかったことが毎日新聞の調査で分かった。総務省は「住民票を移して転居先で投票するのが原則」との立場だが、「居住実態の確認は不可能」として容認する自治体の方が多い。
出典:毎日新聞の記事より
つまりは本来、転居の際に14日以内に住民票を移さなければならないと住民基本台帳法により定められていないにもかかわらず、親元を離れて生活を始めたのちも住民票を移さずいた。そのままの状態で”不在者投票制度”を使い投票に行こうとしたところ、住民票のある地元自治体から居住実態がないことを理由に不在者投票制度の履行を断られたということだ。
このような人が当該の選挙ではどこでも投票することができず、選挙権を失ってしまう。

本件に関しては以前より自分も記事を書いている
当然の前提として法にのっとって対応をすると居住実態がないので投票を断るということは全く問題ない。
しかし問題は”法”があって”人”がいるのではなく、”人”の生活のために”法”があるという前提がこの件に関しては破綻しているのではないかということである。

総務省が昨年12月に公開した調査によると18歳~20歳のうち親と一緒に住んでいないにもかかわらず、住民票を移していない人は6割近いということである。
この背景をもとに大きく2点から検証してみる。

1:法に定められているにもかかわらず各自治体の対応の差を総務省が容認していること

地元に居住していない人の不在者投票を認めなかった自治体も容認する自治体も悪くない。問題となるのは自治体により対応が異なる状況が国政選挙にもかかわらず存在していることだ。
認めなかった自治体は、法律的にみて対応は当然問題なく、厳密に居住実態を調べ、不在者投票の理由を確認し、断ったということだ。
”なんて杓子定規なんだ!”という気持も分からんでもないが、首長や選挙管理委員が”目をつぶって投票させてあげなよ”とでも方針を堕していない限り、電話に対応する職員は断るという判断しかできないだろう。

対して、容認した自治体は、居住実態がない事の確認をしないことにより、学生の投票の意思を尊重する事を優先したということだ。
後述するが時代にあった対応だと自分は感じているが、単に”隣の自治体より投票率が下がると色々と詰められるし”というぐらいの感覚で容認しているのかもしれない。

当然、現場の各職員や自治体の方針にそれぞれ違いがあるのだろう。法の運用に関しては現場で多少の差があることも当然だし、全自治体が何をどうやるかまで国が規定することはおかしいと思う。しかし、さすがに国政選挙で投票できるかできないかに自治体により差が生じることはだめだと思う。大きな参政権の1つである投票権が地元自治体により左右されるということは本末転倒である。

2:居住実態とはそもそも何なのか

もう一つ考えるべきは「居住実態」とは何なのかという点だ。
昭和29年に寮に入りつつも地元に住民票を置いたままの学生が不在者投票の権利を求めて裁判を起こし、最高裁まで行って敗訴している。
判決文の要旨には以下のように書かれている。
休暇に際してはその全期間またはその一部を郷里またはそれ以外の親戚の許に帰省するけれども、配偶者があるわけでもなく、また、管理すべき財産を持つているわけでもないので、従つて休暇以外は、しばしば実家に帰る必要もなく、またその事実もなく、
出典:最高裁昭和29年判例
この判決を根拠とし、居住実態が住民票を置いている自治体にないとし、不在者投票が断られる。
一方、国会開会中の平日の多くを選挙区を離れ東京で過ごす国会議員や、さらに1年間に数日しか地元に戻らない首相であっても不在者投票の権利はあるようだ。
首相が不在者投票 参院選、利用を呼びかけ  :日本経済新聞
配偶者がいればよいのか!?首相夫人もほとんど山口にはいないのだろうからこれも決定打にはならないだろう。
財産があれば居住実態と認めるのか!?
ふるさと納税により、自分が住んだ経験もなく、なんなら愛着もない自治体に寄付をすることにより、現在住民票をおいている自治体への納税額が減らせる時代だ。
居住実態をどう考えるかなど改めて見直してみてもよいのではないかと思う。

その他:成人式も住民票を移さない一つの要因

余談ではあるが前述の総務省調査によると、住民票を移していない理由の2位には「成人式に参加できなくなるなど不都合が生じると思ったから」とある。(17.6%)
多くの自治体では自治体内の成人対象に成人式の招待状を発送する。これが来ず、成人式に出られず、小中高の友達と一緒に記念行事を行えないことへの不安もあるようだ。もっとも多くの自治体では招待状がなくても出席可能なようだが、移さない気持ちもわかる。
ちなみに1位は「いずれ実家に戻るつもりだから29.0%」


法が先か人が先か

現状を放置することはよくない。だからといって法がそうだから、従うべきという発想になるべきではない。
法が現状にあっており、住民票を必ず移すべきであり、そうでない人は不在者投票ができないと解するとする。それであれば、”住民票を移すべきことの周知の徹底”と”不在者投票に対する自治体間の対応の差の是正”を進める必要がある。
それとも半数以上の親元を離れた大学生が住民票を移していない状況を尊重するのであれば、住民票と選挙人登録の違いをできるようにするべきだ。
そして、選挙を管轄する総務省としては基本的には現状の法による執行を優先する立場をとるのは当然であるので、この状況を変えるには立法府である議会が動くしかないのです。
個人的には国政選挙は住民票の位置に関係なくどこの投票所でも投票できるような制度の構築へと舵を切るべきだと思っている。


2017年3月10日金曜日

【東京成徳大学高等学校にて生徒と作る出前授業でした】

【東京成徳大学高等学校にて生徒と作る出前授業でした】
まじでこの機会は勉強になるんすよ。

今日は昨年に続き、東京成徳大学高等学校の2年生向けの出前授業。
この出前授業の特徴は、生徒会のみなさんの望みとか感覚とかとともに授業を作っていくということ。
今年も現役の生徒会役員(高2)前生徒会役員(卒業したばっかり)と事前に打ち合わせなんかをさせてもらって、そしてOBの前々生徒会長にも手伝ってもらっての実施となりました。

なかなかの成長の機会で、生徒の意見を組みつつ、そして俺らのやりたいことを合わせつつ、先生からも適宜アドバイスをいただきつつ作る。そして終わった後にも生徒会のみなさんとふりかえり。おかげで新しいプログラム作成に至りました。そして、今後の改善点なんかも見えてきました。

しかも今回のプログラム作成は俺はアドバイスや適宜進捗を見るだけでほとんどがYouthCreateの大学院生2人で作り上げ、当日の進行もしてくれた。前日の夜中まで議論してて、わずかな期間で形にしてすごいなと!!

去年、生徒会役員の生徒の意見から、担当の先生がYouthCreateに声をかけてくださり、実現にいたり、今年も引き続き実施させてもらえました。
来年も一緒にやれれば嬉しい限り!!






2017年1月7日土曜日

”なり手不足解消が目的”の被選挙権年齢引き下げは、若者に失礼である

ついに自民も検討開始、動き出した被選挙権年齢の引き下げ


選挙権年齢が18歳以上へと引き下がり、次は被選挙権年齢の引き下げ。つまりは立候補できる年齢の基準を下げることが論点となってきている。

年明け早々にこんな記事が上がっていた。

自民、地方議員の被選挙権年齢引き下げ検討
なり手不足の解消狙い

記事によると
地方議員選挙を巡り、現行で「25歳以上」となっている被選挙権の年齢を引き下げる方向で本格検討に入った。
もともと昨年の参議院選挙の選挙公約内にも被選挙権年齢の引き下げの検討は明記されており、驚きはない。

そして記事内にもあるが、すでに他の党も年齢引き下げに関する法案は出しており、今後議論が加速していきそうだ。

日本維新の会が国政選挙を含め、全て18歳以上とする公選法と地方自治法の改正案を提出。民進、自由、社民3党は、各種選挙で一律5歳引き下げる改正案を共同提出した。

議員のなり手不足という問題

前述の記事によると、自民党としては
地方議員のなり手不足を解消する狙い。
だそうだ。背景にあるのが、地方議員のなり手不足。
地方選挙では、少子高齢化や人口減少に伴う候補者不足で無投票当選が目立っている。総務省によると、11年統一地方選では全体に占める割合が都道府県議で17・6%、町村議は20・2%に及んだ。 
との状況。
無投票当選ということは、立候補すれば全員当選するということ。
そして、選挙によっては定数以下の立候補者しか集まらず、「欠員」が出ている自治体もある。
また、欠員が出ないために、致し方なく引退をせずに選挙に出続ける方もいるようだ。
さらに、多くの欠員が出れば、再選挙ということにもなる。

総務省のHPにはこのような記述がある

再選挙(選挙のやり直しや当選人の不足を補う) 選挙が行われても、必要な数だけの当選人が決まらなかったり、投票日の後で当選人の死亡、当選の無効があったなどの場合で、しかも繰上当選などによっても当選人がなお不足する場合に行われる選挙です。一人でも不足する時に行われるものと、不足が一定数に達した時に行われるものがあります。

2017年1月1日日曜日

政治家は年賀状が出せない法律。良いと思います。

2017年は酉年!!
鳩だの雀だのカラスだの雉だの
(岡山駅前だけか・・・)
いるけど、鶏の事であってますかね??

さて、本題
若者と政治をつなぐ仕事の関係で、FacebookやTwitterのタイムラインに多くの政治家の方の投稿が出てくる。
元日にみな投稿されていることがある。

一言でいうと
「政治家は年賀状出せないので、すいません」
といったこと。

なかなか耳にした事がない話かもしれないし、どうでもいい話かもしれないけど、これ実は法律で決まっていること。

選挙などを管轄する総務省のホームページにもしっかりと書いてある。

 政治家が選挙区内にある者に年賀状や暑中見舞状などの時候のあいさつ(電報も含む)を出すのは、「答礼のための自筆によるもの」以外は禁止されています。
総務省HPより

要は選挙区内の人に年賀状出したらダメ!来たものに対して手書きで書いて返信するのは認めよう。

ということ。

なんのための法律かというと、お金を年賀状に多くつぎ込むことができる人が、選挙区内の人に印刷業者で作った年賀状を大量送付することがないようにってことかなと。
まあ、いまさら年賀状が来たからと言って「なんていい人だ!投票しよう」なんてことは思わないだろうけど・・・

が、逆のことはあるんじゃない?
「いつも応援しているA政治家から年賀状が来てない。Aはけしからん奴だ。この前ちらっとたまたま町内会の会合で話したB政治家からは年賀状が来ている!」
ってこと。
つまりは、出さないことでのマイナス点を考える人はいるのかなと。

となると、もう一律で出したらダメっていうのが政治家にとっては一番楽なのかもね。
もちろん、「年賀状は自由に出せるべきだ。だって日本の文化だ!」という意見もすごくわかる。
けど、そうなると上記のようにマイナス点をおそれて、大量に出さざるを得ないというめんどくさいことになる。あるいはだれに出すが悩まざるを得ない微妙な時間も費やさなくてもよい。
大事な人には面と向かってあったタイミングで新年のあいさつをすればよいわけで。
となると、やっぱり法律で規制はいいと思う。

公職選挙法という法律が根拠なわけで、色々と時代遅れの微妙な法律なんだけど、この法律に関しては賛成です!!
政治家の皆さんの意見も聞きたいところですが。

余談ですが、おれは年賀状出したいほう!
元日には間に合わないことも多いけど・・・

引き続き、若者と政治をつなぐ冒険家として、そして少子高齢化時代の新たな民主主義のプロセスを作るためにがんばります!


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